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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)39号 判決

上告人

トヨタオート大阪株式会社

代理人

山田利夫

五味良雄

松田繁雄

被上告人

杉原信忠

杉原佐喜子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山田利夫、同五味良雄、同松田繁雄の上告理由について。

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)によれば、訴外杉原保子は、昭和四一年一一月二一日午後一〇時四〇分頃大阪市南区谷町六丁目交差点において、訴外(第一審相被告)岡良和の運転する小型貨物自動車(大四ほ三四四七号以下、本件自動車という。)に衝突されてその場に転倒し、頭蓋骨折の傷害を受けついに死亡するにいたつたものであるが、本件自動車の運行による右生命侵害について、原審は、上告人が自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条による損害賠償責任を負うべきものであると判示した。

これに対し、所論は、自動車を他人に貸与した場合には、貸与者は、特段の事由がないかぎり、借受人の運行について直接の支配力を及ぼしえず、かつ、運行による利益も享受しえないものであるから、本件自動車を貸与した上告人は、同条の責任を負わないと主張して原判決を非難するので、按ずるに、原判決が、上告人の前示損害賠償責任を認める理由として説示したところは、おおむねつぎのとおりであると解される。

すなわち、もと本件自動車は、自動車の販売会社である上告人が、昭和四一年一〇月末頃他からいわゆる下取車として受領したうえ、所有し保管していたものであるが、上告人はこれを同年一一月一一日訴外(第一審相被告)曾根政七郎に貸与したところ、その貸与中に、同人の被用者である訴外岡良和が運転して本件事故を惹起した。右の貸借というのは、上告人が、同年一一月九日右曾根政七郎に中古車一台を代金二六万円余で売却する旨の売買契約を締結した際、右売却車について整備、登録、車検等の手続を了するまでの一〇日余の間、曾根政七郎から代りの車を貸してほしい旨依頼され、右売却車を引き渡すのと引換えに返してもらう約束で暫定的になされたものであり、それは、上告人の顧客に対する一種のサービスであつた。かくて、訴外曾根政七郎は、上告人から、できるだけ車を大切に使用してくれるようにいわれて本件自動車を借り受け、訴外岡良和に運転させ、主として自己の塗装業の注文とりに使用していた。当時、右自動車は、ブレーキが効きにくかつたほか原判示のような整備不良の状態であつたので、岡良和が、本件事故発生の三日位前に、上告人の守口営業所の係員に修理してほしい旨申し入れたが、同係員から、そのまま乗つていてくれといわれ、仕方なくそのまま使用をつづけるうち、仕事の注文とりに行つた帰途、本件事故がおきたのであつて、右整備上の不良も本件事故発生に関係がないとはいいえないものがあつた。右に見てきたような事実関係のもとにおいては、上告人は、右事故当時、本件自動車に対する運行支配および運行利益を有していたものということができ、したがつて、上告人は、自賠法三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者に当たるというべきであり、同条の責任を免れない。

原審は、右のように判示して上告人に自賠法三条の責任を認めたのであるが、原審の右判断は、正当として是認すべきものである。所論は、当裁判所の判例最高裁判所昭和三八年(オ)第三六五号、同三九年一二月四日第二小法廷判決、民集一八巻一〇号二〇四三頁)を引用するが、それが本件と事案を異にすることは、右に説示したところによりおのずから明らかであり、右判例は、本件に適切でないといわなければならない。

原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官田中二郎、同松本正雄の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。

原審は、被上告人らが亡杉原保子の慰藉料請求権を相続したとして上告人にその支払を命じているが、これは、慰藉料請求権は、被害者の死亡によつて当然に発生し、特段の事情のないかぎり、被害者の相続人がこれを相続することができるとの見解によるものと認められる。しかし、私はこの見解に賛成することができず、原判決は、この点について法令の解釈を誤つたものであり、破棄を免れないと考える。その理由は、当裁判所昭和三八年(オ)第一四〇八号同四二年一一月一日大法廷判決における私の反対意見と同一であるから、それを引用する。

裁判官松本正雄の反対意見は、次のとおりである。

原審は、被上告人らにおいて亡杉原保子の慰藉料請求権を相続したとして上告人にその支払を命じている。しかし、慰藉料請求権は被害者の一身専属的な権利であり、被害者がこれを請求する意思を表示したとき、またはこれを行使したばあい、あるいは契約または債務名義により加害者が被害者に慰藉料として一定額の金員の支払をなすべきものとされたばあいにおいてのみ、はじめて相続の対象になるものと解すべきであり、原判決は、この点について法令の解釈を誤つたものであり、破棄を免れないと考える。その理由は、当裁判所昭和四一年(オ)第一四六三号同四三年五月二八日第三小法廷判決(裁判集九一号一二五頁)における私の反対意見と同一であるから、それを引用する。(天野武一 田中二郎 下村三郎 松本正雄 関根小郷)

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